二月

2/1

青い蝶、ピンを刺しても頭の中でひらひらと舞う。何を以って死とする、何を以って蝶とする。

彼の心拍の上に〝恐れずに、もっと夢中になって〟と書き加えておこうかな。

2/2

〝好き〟は多弁だ。あらゆる結論に「でも」と言う。その一言で全てが覆される。

2/3

私のことは私に確認して。

あなたの恋人は、あなたの欲望を反映している?彼は、彼女は、まるであなたの欲望〝そのもの〟で、誰かに見られてしまうのは、知られてしまうのは、気が引ける?

誰かに自分の〝考え〟を話すとき、「だいたいこんな感じ、あとは話しながら作る」で話し始める。木のシルエットが浮かべば口を開く。幹を、枝を、葉を書き足していく。森がいい?庭がいい?根を張り、葉を揺らす風もあると良い、そうして話し続ける。自分自身を信じている。なぜシルエットは浮かんだ?私はまだ気づいていない、だけどもう、私は知っているはずだ。枝も、葉も、風も私は知っている。この木は必ずここに立つ、そう信じて口を開く。

深夜

動物園にいるライオンを見ても〝ここが彼らの居場所だ〟とは思わない。砂漠や草原を思う、彼らはそこから来たのだと感じる。例えば、それが動物園で生まれた個体であったとしても、彼らに砂漠や草原を見る。

私は、彼に自由を見ている。そこから来たのだと感じる。彼の居場所を思っている。

2/4

メモ

思考と同じことを感情でする。同じように感情を構築する。思考と同じように〝噛み合って支え合って静止する〟これをする。静止した先で、より動かすことが〝出来るようになるために〟そのために一度、静止させる。何かでコーティングして閉じ込めるのではなく、そのままの性質で組めるようにする。ゼリーをキャンディに変えるイメージ。飴細工、性質の変化、変化後の性質が、最初よりずっと感情らしいこと〝それらしいこと〟熱すると動く、冷ますと止まる、熱すると動く、口の中で溶ける。

午後

「ウサギの耳」と聞いたとき「ゾウの鼻」と返ってくる。私はこれを〝教育〟だと思っている。だけど、両親はそうではなかった。「ウサギの耳」と聞いたとき「ヒトの耳」だとか「ネコの耳」「イヌの耳」もしくは「ウサギの目、鼻、口」そう返ってくることを、彼らは〝教育〟だと思っていた。だから、私の「ゾウの鼻」はいつも〝いけないこと〟だった。

象徴している。ちゃんと同じなんだよ。

2/5

コクトーのシャボン玉、その光景が浮かぶような良い詩であることはもちろんだが、知的好奇心を刺激する良い詩でもある。詩であり、問いのよう。確かに、シャボン玉の中に庭は入ることが出来ない。しかし、シャボン玉は庭の中にある。自らの中に、庭を含んで浮かんでいる。庭の〝中にいる〟が、庭は〝中にいない〟「いる、いない」が弾けて消える。シャボン玉は既に庭と同一だ。弾けて消えるまで、ずっと。

夕方

この世界に存在するもの、その全てに「愛」という名前が与えられたとき、あなたはどれを「愛」だと感じる?どれが「愛」だと考える?全てが愛であるのに、きっと見つけてしまう、あなたが〝愛している〟と手を伸ばさずにはいられない、一つの、あなただけの愛を。

二つの、と書こうか迷いました。この迷いも、愛の性質の一つであると考えます。美しいです。

2/6

彼の胸に花を挿している。左胸のポケット。何度も咲く、胸で咲く、いつも、そういう気持ちでいる。

2/7

何を象徴している?花について話すとき、その声で、音で、意味で、言葉で目の前に月を描いていたとしたら。その人の象徴は花か、月か、どちらになる?

花の香りがする月、月のように光る花、朝に咲いて、夜に現れる。地上に、上空に、私の目の前に、あなたは。

なぜそうしてはいけないの?と他人に問い続ける人生だった。返事はまだない。私はまだ頷いていない。

ミューズ〝創造性の象徴〟太陽は太陽を連想させない、太陽が連想させるのは月だ。

2/8

2/9

午前

久しぶりにSNSに触ってみて、やはり〝他人の思想〟が溢れる場所で、自身について思考することは難しいと感じた。例えば、その場所で「喜び」という言葉を使うとき、それは、100の1000の喜びに対応する喜びである〝必要がある〟のではないか。そうでないとき、100の1000の喜びがやってきて「それは〝本当の〟喜びではない」と〝教える〟のではないか。100の1000の喜びを傷つけずに、100の1000の喜びを喜ばせる、喜び。私が欲しいのはただ一つ、私の喜びだ。100の1000の喜びを払い、傷つけ、〝本当〟が割れる音が聴こえたときにだけ響く、喜び。私の喜び。

上記「SNS」は「社会」という言葉への置き換えが可能である。

午後

平和を好み、理想主義的である。綺麗なものを守るために戦い、支配的であるが、その動機は〝より良くしてあげたい〟である。

上記「私の星について」である。つまりあれだな?私の精神性に合う職業は〝王〟だな?

理想を掲げられない者に、理想を叶えることなど出来ない。夢みたいなことを、と笑われるかもしれないが、理想を動機としない現実で、誰が夢を見るのか。世界が現実に横たわったとき、私は、世界に素晴らしい夢を見せたい。笑われることを恐れる者に、誰が心を託すのか。人の心が集まらない場所に作られた現実など、虚像だ。現実ですらない。

夕方

午前と午後で、私の「人」にたいする意識に、全く矛盾はありません。午前は、箱の中のチョコレートにたいする「私」で、午後は、チョコレートの箱にたいする「私」です。箱の中には当然、チョコレートがあります。私は終始〝チョコレートについて〟話しています。

今夜

子供の頃に読んだ占いの本に〝社会ではなく自分のモラルに従います〟と書いてあった。

2/10

その絵を切ってパズルにしたい、そう私が言ったとき、悲しまない人が良い。喜んでくれる人が良い。バラバラになった絵をもう一度完成させたとき、余分なピースが一つある。絵と同じ、魚の形、嬉しそうに笑う姿、そう私を許してくれる人が良い。

そのピースは愛だ。私を喜ばせるために生まれた。どこにも収まらないピース、余分なピース。私の手に、ポケットに、心に収まり続けるピース。

メモ

対象の要素を収集し、再構築する。完成イメージは〝理想〟であり〝対象〟よりも〝美しい対象〟に近づく。注意が必要。それは「対象」と名前のついた「自身」であること。対象よりも〝自身が含まれている〟分、自身に強く作用する。理想的な自分自身、それを描くことが出来る自分自身、それに溺れないこと。影響、星の光を見ている、光から星を見ないこと。光を先に作ることは出来ない、星が先、これは絶対。対象を失えばいつか光は届かなくなる、その影響について考える。

星が死んだとき「光はまだある」なんて言うの?

今夜

常に〝良い方へ変化している〟というイメージがないと不安になる。

2/11

「自分のこと変だと思ったことない」「そうだろうね。例えばね、ここがスタート地点だとして、ここからスタートして、それで普通は真っ直ぐに進むところを、上へ行ったり下へ行ったりする。蛇行したりね。そういう人を〝変な人〟って言うんだろうけど、そもそもきみはスタート地点が違う。違う次元から来てる感じ。きみは真っ直ぐに進んでるんでしょ?うん、だから変だと思わないんだよ」「違う次元から来てる、じゃあ、ここにいるはずの私はどこにいるの?」「きみがいた方へ行ってるよ」「向こうの私ってどんな髪型だと思う?」「あはは、本当にね、そういうところだと思うよ」

意識から生まれた〝実体〟を拒否することは人間に許されていない。例えば、神様。

なぜ、私たちは神を呼ぶのか。死を共にしているからだ。私の意識があなたによって吹き消されたとき、あなたも私と共に消え去るだろう。神々の〝一つの〟死。神は人と共に生まれ、人と共に死ぬ。人に神は殺せない。〝その性質〟を律儀に意識の中で体現し続けている。人間にはそれが許されている。哲学者はいくらか神を殺した。〝神という構造〟は確かに何度も死んだが、その日のうちに、神の骨は世界中の意識の中に散らばり、世界中の神の欠陥を補強した。より強固に。神を殺しても神は消えない。人間が生きている限り、その意識の中に。あなたの構造は死ぬほど単純で美しい、私はそれが欲しい。あなた一つで全てが手に入る、私は絶対にあなたを

今日も小さな神様はたくさん死ぬことだろう。それでも小さな星は数えきれないほどある。「星は〝どこに〟ある?」これが私の神様への答えです。

つまり、人間の一人一人がパーツとして神を構成している。全てのパーツが置き換わったとしても、それは

午後

彼にたいして、自身のことを〝話し過ぎている〟という感覚は確かにあるが、不安はない。自身について話すことで、彼に軽蔑される可能性がある、それもわかっているが、後悔はない。それ以上に、私にはわかっていることがある。他人にたいして口を開くのは、これが最初で最後だろうということ。だからより正確に、正直に、話すだけだ。

2/12

私が話した言葉、あなたが聞いた言葉。

私の〝好き〟について。私は象を愛しているけど、例えば、象が密猟で絶滅してしまったとしても平気。だって、私は象を愛しているから。それなのに、彼にたいして〝どうしたらいいのかわからない〟ときがある。今までのように、例えば、彼が死んでしまったとしても平気。だって、私は彼を愛しているから。それなのに、なぜ、別の愛し方を探したくなるの。

私が話した言葉、あなたに届いた言葉。

今夜

私たちは「灰色」で「大きな耳」と「長い鼻」を持つ生き物を、単純に「象」と呼んでいるわけではない。彼らがどこで暮らし、何を食べ、他の個体とどのように関係し、どのように生まれ、死んでいくのか。その生態と、彼らを生かしている環境までを含め「象」だと認識している。それが私たち人間の象だ。

これが私の象です。人類の事情、貧困、欲望によって絶滅したとしても、それは〝私の象〟の環境に含まれる。だから何があっても、その全てを、私は愛している。

だから何があっても私は、あなたの全てを、愛している。

深夜

私は、彼からとても大切なことを学んでいるのだと思う。私はこれまで、蝶を見つければ「蝶だ!」と大騒ぎして喜んでいた。種類は、生態は、あの国にいて、貴重で、模様は、特徴はーーーー何でも知っているつもり。それで、花に止まった蝶の羽を指で掴んだ。乱暴に、人間の力で。そこに悪意はない、なくて。彼は、それでは蝶が死んでしまうと教えてくれる。私には永遠に〝蝶が可哀想だよ〟はわからないのかもしれない。だけど、彼が教えてくれる。私の指が少し、優しくなる。

何でも知っているつもり、触れ方すら知らないのに。

2/13

いくつか質問をいいかな(あなたの脳を取り出しますね)

二度の心理検査でわかったことは「興味がないことは全く出来ない」ということです。この〝全く〟の度合いが酷い。簡単な問題(興味がない)は出来ない。複雑な問題(興味がある)は出来る。興味さえ持つことが出来れば、簡単な問題も出来るようになるのだろうか。〝興味がないことに興味を持つ〟がそもそも難題で、つまり、出来るようになるな?

結局〝そこ〟を解けるかどうかで、頭の良し悪しが決まるんだろうな。この良し悪しとは「自由であるかどうか」で、解放を意味しています。

自身の本質を知るために〝何も頑張らない〟ところがある。これを言い訳という。しかし、何も頑張らずにいられること自体、自身の本質であって。

知らないことを知りたい。

2/14

関係とは何か、関係するとは何か、考える。

2/15

話は上から下に、ページは右から左へ、私たちは

では、肉体を置き去りにしても良いのか?という話になる。精神と肉体について。どちらがどちらに影響を与えているのか、どちらがどちらに依存をしているのか、確かに重要だが、二つは既に〝多くの接点をもって互いを共有している〟状態にある。ときどき 、切り離されそうになる?その点は線を拒否している、点である自身を失うことなく〝点のままで線になる〟そう主張している。ときどき 、切り離されそうになる?点線だからだ。

自身の精神と肉体の間で起こっていること、これを私はあなたとする。精神的な繋がりと肉体的な繋がりについて。あなたが何を恐れても、二人は既に〝多くの接点をもって互いを共有している〟状態にある。私たちは線を拒否している、点である自身を失うことなく連なり、そうして線になる。ときどき 、切り離されそうになる?

話は左から右へ、ページは上から下に、私たちは

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知ることが好き。だから、知らないことが好き。

緊張感。

確かに私には飽きっぽいところがある。打てば響く、なぜ打つのか。打てば響く、そう〝感じる〟から打つ。響かないものは二度と打たない。響くものにもすぐに飽きる。私が探してきたもの、私を響かせるもの。私が打つと、あなたは私を響かせる。それはあなたであるのに、音と音の間、あなたの音に確かに、私の音色が響いている。

〝僕が、僕だけが、保守的な君の世界におけるテロリストだ〟

2/16

私は「誰に教わることなく自然と始めること、出来ること」以外を軽視しているところがある。とはいえ、努力して出来るようになったことは〝自然と努力することが出来る〟結果であり、つまり、全ての人間と、その様式を賛美している。ここでは個人の性質と、その悪意までは問わないこととする。

メモ

白 無意識の色 色であることを意識させない色 その性質が欠けることはないのに、はじめからその性質がないように見える 他の色と存在するとき、その特徴は顕著に 愛 無意識の形 おそらく個人の〝重要な何か〟を模している 他人と存在するとき、その特性は顕著に 白 独特な色 愛 独特な形

全てが独特な形を取るせいで、それらは普遍的なのか。

今夜

こんなに動揺したのは人生で初めてかもしれない。

小説で描かれる愛や、それを映した心情、その描写にたいして〝これは物語なので〟と思っていたが、確かに創作ではあるが、あのような感情は実在するのかもしれない。あれはーーーー物語の形を借りたーーーー告白だったのかもしれないーーーー。喜びに、苦しみについて、あなたの、私の告白。

性格診断では「(恋愛では)知的な人を好む」と書かれていることが多く、それにたいして「?」と思っていたが、〝散りばめられたオマージュに相手が気づくか〟という話であれば頷く。私が相手の、相手が私の、意図したオマージュに気づかなくても、〝物語は正しく進む〟オマージュは遊びだ。ただの遊び。だけど、あった方が良い。遊びはあった方が楽しい、それはメッセージになる。そう考えるのだからやはり、〝そういう人〟を好んでいるのだろう。「同じものを同じように知っているか」ではなく「同じもので同じように遊べるか」という話であれば。

一緒に遊ぼう、私と一緒に。

2/17

フランシス・ジャム、いいえ。ポール・フォール、はい。

毎朝、瞼をあける。世界の切れ目、いつも上と下にある。見えないように触れる、瞬き、私は考えることで満たされる、静かな部屋で暮らす。壁に絵を飾る、あなたの絵を飾る、あなたは私の隣へどうぞ。見えないように触れる、鍵をあげる、毎朝、どうぞ。

眠りの前であなたは、私のためにおとぎ話を広げて。声を聴かせて、叶うなら愛も。

私は〝赤い三角〟と〝青い四角〟を持っている。彼が持っているのは〝赤い四角〟と〝青い三角〟だ。私たちは互いの中に、赤、青、三角、四角を見つけて「同じだね」と笑った。私が「青い三角が欲しい」と言うと、彼は自分の青い三角を見せてくれる。それから私の青い四角を指して「同じように青いよ」と教えてくれる。彼が「赤い三角が欲しい」と言うと、私は自分の赤い三角を見せる。それから彼の青い三角を指して「同じように三角だよ」と教える。あなたが色を見て、私が形を見るから、どのように分けても〝同じだね〟幸運な相違、私たちは同じように違う。

2/18

父の思想を映した〝素晴らしい情景〟が私の名前には与えられている。それなのに、父はすぐにそれを忘れてしまった。私だけが今も、その〝素晴らしい情景〟を眺めている。

停滞、嫌い。衰退、もっと嫌い。

思うのだけど、あなたが〝大きな火〟を持っていて、私が〝小さな火〟を持っていて、それぞれの〝火〟を相手の前に差し出したとき、それらが「同じ大きさ」である可能性はある。あなたの中にあるから火は大きく、私の中にあるから火は小さく、見える。燃える。

時間、時間、時間。人間の性質と、地球(宇宙)の性質、どちらにより倣っている?

私の星とリリス「知りたい知りたい知りたい、でも知ると〝知りたい〟が減っちゃう、それは嫌なの、どうしたらいい?でも知りたい知りたい知りたい」こんな調子らしい。かわいい。

2/19

50秒、50kg、50cm、〝概念一つ〟で数字に時間や重さや長さを与える。あらゆる場面で〝それ〟をする。人間、罪深いです。

2/20

頭の中にある〝形のないもの〟を掴もうとするとき、それを〝掴めそうなもの〟を探す。水を汲みたい、スプーン、グラス、バケツ「両手があるでしょう?」そうだね、でもそれは最後だ。両手は〝掴めそうなもの〟を探す。水だけでは生きていけない。両手が濡れてしまえば、掴めるものも掴めなくなってしまう。

花を摘むか、描くか、撮るか、語るか、歌うか、誰かにあげたい?確かにどれも掴んでいる、どれが最も花を〝あなたの花〟に変える?

神様のことは人間で掴もうかな。それからサンドイッチのことは木漏れ日で。

考えてみれば、私はいつも誰かの恋人だった。

最低気温0度の憂鬱があるとき「美味しいスープを食べる」だとか「暖かいベッドで眠る」だとか、その隣に「ーーーーーーーー」があって、そういう〝どれにしようかな〟があって、いつもいちばん最低なものを選んできた。だってすごく寒くて、凍えてしまいそうで、それだけのことで。

2/21

完璧であることを理想としない。0と決めたものはやがて0になる。1と決めたものは1に、10は10、100は100になる。それになる。〝それにしかならない〟私は数になる。自由になる。

神も愛も人の頭の中にある。神と愛と人は同一であるか?パブロフ、例えば私たちが〝神様の人間〟だったとしたら?愛がどこにもなくても、愛はどこにでもある。〝ベル〟よだれを垂らして求めている、愛を、認めている。同一であるか?例えば人のすることが全て愛になるとしたら?私はあなたを求めている、認めている。その全てが推測だったとしても、構わない。〝ベル〟愛している。

ベルを。

2/22

天井に光る星のステッカーたくさん貼ってあげる。

お気に入りの夢に私を呼んで。

2/23

午前

人間と連想と自己について。私の頭の中では全てが〝人間〟になってしまう。例えば、ステンドグラスから連想されるものは人間だ。リンゴも、太陽も、ラクダも人間。〝それを見ている、考えている、知っている、生んでいる人間〟になってしまう。ステンドグラス、ガラス、絵、模様、教会、宗教、賛美歌、響き、反響、自然、火、天井、窓、光、床に落ちる影、色、何らかの意味、思想、象徴、つまり〝ステンドグラスから連想されるものは人間〟であって、人間が口にする言葉であれば、何一つステンドグラスと関係していないものであっても、人間を接点とし、関係してしまう。例えば、ステンドグラスから連想されるものは血液だ。だけど見て、床に落ちる赤い光、まるで血のような光。こうして私は、関係していないものなど何一つないのだとまた、頭を抱える。人間が創造するものは全て、人間がこれまでに見てきた、考えてきた、知ってきた、生んできた〝全て〟に、関係している。私たちは、人間によって名付けられたもの、その全てを、この世界から孤立させることなど出来ない。私も、もちろんあなたも、この世界で、孤独になどなれるはずがなくて。

だから何にも夢中になれなかった。だって全てが人間だから。私はいつも退屈していた。

午後

それで、話は彼へ続く。〝人間〟の隣に突然、現れた彼について。あなたは何も分かっていない。私がどれだけあなたの存在を祝福しているのか、何も。この話を何も。私は話して聞かせる、あなたが分かるまでずっと。

今夜

空白に、美しい構造を書き込んでいる。最後は〝人の形になるように〟という話だったと思うが、私には、自由と時間と好奇心がある。当然、彼の背中には翼が生える。最後は〝人の形になるように〟という話だった。だけど当然、美しい構造の先では、人の背中にも翼が生える。

深夜

五月、箱根、卯の花腐し、部屋、篭城、私の男の子、心中するみたいなセックス。

セックス、生の象徴、死の代替、生よりも、死よりも確かに〝今〟実体で掴む、生の、死の体現。

2/24

同じ絵を見ていて。同じように感じなくても、同じように考えなくても、良いから。

心の中へ瀬踏みして。あなたが足を入れる場所だけ浅くしておくね。それで、どこまでも沈んでいく身体、すぐ底に、私もいるから。

太陽の光 海に降りそそぐ金色の矢、は、水面で白く散る 散って散って押し寄せる 砂浜には白い波、が、散って散って押し寄せる さらした足元には金色の光 夏の風、と、吹き抜けて

2/25

午前

自身の感情にたいして否定的な感情がある。

最初に見つけた蝶が、その先の私に〝何を見せるか〟決めてしまった。その羽で〝青〟を知った。その先は全て、その青と、他の青だ。

午後

以下、過程からの結果です。

指へとまれ 金色の背中に震える羽音 花の間を飛びまわる束の間、四月の頃 春の日差しをさした羽、蜜蜂 葉脈のようなその羽 この庭に楽園は咲いて 本を閉じる音、その先に彼女がいる 物語の続きに彼女がくる 昼下がりにはおいで、蜜蜂 彼女を喜ばせる 指へおいで

以下、過程です。

指へおいで 金色の背中に震える羽音 花の間を飛びまわる束の間、四月の頃 春の日差しをさした羽、蜜蜂 葉脈のようなその羽 この庭に楽園が咲いて 本を閉じる音、その終わりに彼女が見える 物語の続きに彼女が来る 昼下がりにはおいで、蜜蜂 指へおいで 彼女を喜ばせる 震える羽音

以下、結果からの再構築です。

金色の背中に震える羽音 蜜蜂 四月の音 この頃、庭に楽園は咲いて 春の日差しをさした羽 蜜蜂 指へおいで 束の間、花の間を飛びまわるその羽 葉脈のようなその羽 本を閉じる頃、物語の続きにおいで 昼下がり、春の日差しにとける羽音 金色の指先 この庭に楽園は咲いて

以下、再構築からの自我です。

指へおいで 金色の背中に震える羽音 蜜蜂 四月の音 この頃、庭に楽園は咲いて 春の日差しをさした羽 蜜蜂 指へおいで 束の間、花の間を飛びまわるその羽 葉脈のようなその 本を閉じる頃、物語の続きにおいで 昼下がり、春の日差しにとける羽音 金色の指先、に、楽園は咲いて

深夜

口の端からポロポロ好きがこぼれる。口がゆるい、舌もゆるい、服がよごれる、脱いでもいい?

2/26

髪とか爪とか、好き。〝死んでる細胞〟好きな人の死んでる細胞、好き。

美しいって何色だと思う?どんなドレミ?どんな香りで、ねえ、聞いてる?どんな味だと思う?

「脈なんかねえぞ」みたいな小説、好き。読み終えた〝印象〟を〝物語として〟与えてくる、好き。

私であなたの世界が軋むとき〝壊れる〟と思う?それとも〝変わる〟と思う?

「0っぽくない0ってどんな0だと思う?」「ああ、移動するとか?」

彼に「ーー」とか「ーーー」とか言っているとき、いけない言葉だとわかっているのに心地良くて、愛しくて、彼と同じ意味の中にいるようで暖かい。

2/27

午前

白い雪は灰色の空へあがる 飛び立つ視線の先に 鳥を見たか 凍える両手に 私は 私を見たか 呼ぶように鳴け 白い声が雪に沈んであたりは 静まり返る 灰色の冬へあがる 凍える鼓動の先に 飛び立つ鳥を見たなら 伝うように鳴け

午後

「ねえねえ、知ってる?ーーちゃんってここにホクロがあるの。ここにもあって、あとここにも。それからここにあるのがぼくのお気に入り」って言われたいので明日も生きます。

深夜

私が求めているのは正しさではない、喜びだ。

それぞれの時代の〝今〟に、フランス人が書いた詩を読んでいる。「食べること、歩くこと、見ること、抱くこと、つまり生きること!眠り、安らぎ、今に昇る太陽!蝶よ、花よ、芸術よ!それらが好きか?死ぬほど好きか?そうか、では詩など書くな、あちらで好きな女とでも愛し合っていろ」そう鼻先を振って詩を書く。絵に描いたような詩人の仕草。

2/28

午前

私が常識や道徳に興味がない理由は「時代や場所や〝顔触れ〟で変わるような話で、一体、それらの何を信頼する?何が信頼に値する?天気の話と変わらない。午後が雨だろうが、明日が晴れだろうが、私は生きる。濡れてもいい、暑くてもいい、それだけの話で」それだけの話です。

午後

鳥は鳥として飛び、花は花として舞う。風の中を自由に。人は人として、鳥にも花にも風にもなれる。意識を以て何にでも。人に吹いた風は、体を自由にはしないが、心を自由にする。人は体に受けた風を心へ通す、窓を開いて待っている。描くこと、吹き抜けていく知の風。

今夜

日本語 歌わない言語 字で音を作る 音で音を作らない

探していた本を買った。どこにも売っていなくてフリマサービスで。未読本とのこと。定価より当然高い。それで、その本を譲ってくれた人なんだけど、著者のお孫さんだった。神様、いつもありがとう、大好き。

2/29

五月が来たらバラを見る。

届いた詩集を読んで、もっと側で声をかけないといけないと思った。もっと小さな声で、優しく、相手が耳を寄せたくなるような仕草で。そうして、心の中へ声をかけるように。

二月

今に永遠を集めている。